年々、IT系のエンジニアを目指す人は増えてきています。ただ、その中のどれくらいの人が「エンジニアリング」について考えたことがあるでしょう。
私たちが、安心して建物の中で暮らしたり、世界各地へ移動できたり、スマホで連絡を取り合ったりできるのは、全てエンジニアリングのおかげです。人類がエンジニアリングを発展させてこなかったら、これほど豊かで快適な暮らしはできていません。
この記事では、エンジニアリングという営みについて、その言葉の意味や歴史、含まれる分野について掘り下げます。そして、今やエンジニアリングの中心的存在となったコンピューターエンジニアリングの現状を解説します。
エンジニアリングとは何か
エンジニアリングとは、科学的な知識を応用して、人間の役に立つ何かを作り出すことです。または、そういうことを研究する学問のことです。日本語にすれば「工学」です。
ここでいう「科学的な知識」には、数学、物理学、化学、生物学などのいわゆる自然科学が含まれます。そして「役に立つ何か」には、建築物や機械類など、形のあるものをはじめ、金融商品やコンピューターソフトウエアなど、形のないものも含まれます。
エンジニアリング(engineering)という言葉は、エンジニア(engineer)から派生したものです。エンジニアは14世紀には見られる言葉で、その当時は「軍事的な機械を作る人」という意味でした。その後、エンジニアリングは領域を広げ、現在では多数の分野に分かれています。
サイエンスとエンジニアリング
サイエンス、すなわち科学と、エンジニアリング、すなわち工学は、対をなすものです。それらには深い関係があります。
科学と工学には境界の曖昧な部分もありますが、主な違いは「役に立つことを目指すかどうか」にあります。
科学の主な目的は、「知の探求」です。今まで誰も知らなかったこと、わからなかったことを、科学的な手法を用い、論理的整合性を保って世の中に示すことを目指します。その知識が何かの役に立つかどうかということは、科学にとっては本質的ではありません。
それに対して工学の主な目的は、「世の中の役に立つこと」です。これまでに人類が築いてきた膨大な知識の山の中から使えそうなものを選んで組み合わせ、役立つ技術を創り出します。いくら有用な技術でも、コストがかかりすぎて実現不可能なら意味がないので、工学では経済性を重視します。それは企業活動と結びついて、しばしば巨額のお金を生み出します。
科学にはお金がかかります。工学はお金を生み出します。だったら、工学だけ存在すればいいかというと、決してそんなことはありません。なぜなら、科学が生み出した新しい知識がなければ、工学は一歩たりとも進まないからです。
一方、科学の側から見れば、即座には役立たない科学的知見も、いつの日か役に立つ日が来るかもしれません。今は役立て方がわからないだけで、そのうちわかる日が来る可能性もあります。そのためには、工学の力を借りる必要があります。いつかは役立つ可能性があるからこそ、科学は世の中から受け入れられている面もあるでしょう。
つまり、工学は科学から知識をもらい、科学は工学によって社会に認められる、というふうに、互いに依存しあう関係にあります。
サイエンティストとエンジニアは、やっていることや目的には違いがありますが、モチベーションの部分では共通点も多いでしょう。どちらも、知的な好奇心や情熱に突き動かされてやっているというところです。もっと知りたい、もっと先に進みたいという衝動が、人類をここまで突き動かしてきました。
このように、科学と工学は、車の両輪となって文明社会の発展を牽引しています。
エンジニアリングの歴史
エンジニアリングには長い歴史があります。科学や工学という言葉がない時代から、知識を活用して役に立たせる営みを、人類は行ってきました。
ここでは、工学の長い歴史を、素早く概観します。工学の歴史は、人間の生活を一変させるようなイノベーションの歴史であることがわかります。
古代──土木・建築の発展
数千年前の土木・建築の遺跡が世界各地に存在します。例えばエジプトのピラミッド、中国の万里の長城、ギリシャのパルテノン神殿、古代ローマ帝国のコロッセオや水道や街道等々です。
重機のない時代にこれらが造られたことは、現代人の我々から見れば驚異的です。科学が未発達だったことを差し引けば、これら古代の人々は、創意工夫する力では現代人以上だったかもしれません。
電気工学・機械工学の勃興
機械工学と電気工学は、現代文明の礎ともいえるものです。
1698年に発明された蒸気機関は、後にイギリス発の産業革命をもたらしました。本格的な工業時代が到来したのです。大量生産により、庶民が衣服などの製品を安く手に入れられるようになりました。機械工学が人々の生活を大きく変えました。それと同時に、公害や工場労働者の過酷な労働環境など、工業化の負の側面も深刻になります。
電気工学は、1800年代にその発端が見られる分野です。真空管やトランジスタの発明によって発展が加速し、後の電子工学や通信工学などに結びつきます。それが、現在のコンピューターやインターネットの発展に繋がってくるわけです。
産業革命以降──急速に広がる工学分野
産業革命以降、工学は明らかに新しい段階に入りました。工業化によって、工学の分野は大きく広がっていくことになります。例えば、新素材を次々と生み出す必要が発生したことから、化学工学が発展しました。
航空工学で空へ、宇宙工学で宇宙へ、人類は活動範囲を広げました。また、生物工学や計算機工学が、社会に大きな転換をもたらしました。
さらに、経営工学など、自然科学に加えて社会科学の知見をも利用する分野も出現しています。工学の守備範囲は極めて広くなっています。
エンジニアリングの種類
エンジニアリングは、たくさんの分野に分かれています。「〜工学」と名の付くものは、細かいものやあまり一般的でないものも含めれば何百もあります。大学の工学部にはたくさんの学科があり、各大学ごとに特色ある学科構成になっています。
ここでは、それらたくさんある工学分野のうち、大きなものをいくつかピックアップして紹介します。
土木工学
土木工学は、土木工事を通してインフラを整備したり災害対策を行ったりする工学分野です。土木というのは、建設業界の用語でいえば建物以外のものを建設すること、例えば橋、道路、堤防、線路、トンネル、港などを造ることです。工学の分野としては非常に歴史が長く、その起源は古代にまでさかのぼります。
機械工学
機械工学では、機械の作製や運用にまつわるあらゆることを行います。機械としては、自動車、船舶、飛行機、鉄道などの乗り物や、工場の組み立て機械、ロボットなどが含まれます。機械工学のサブジャンルとしては、使いやすい機械をデザインするための人間工学や、機械類の振動について考える振動工学など、沢山のものがあります。
電気工学
電気工学は、電気・磁気・光(電磁波)が対象の、非常に幅広い分野です。電力、通信、電子、半導体など数多くのサブジャンルがあります。電気は、エネルギーとしても、情報伝達媒体としても使われていて、我々の生活を支えています。コンピューターやインターネットも、電気工学がもたらしたものです。
化学工学
化学工学は、化学工業のために必要な装置などについて研究する工業分野です。化学工業では、化学反応を利用して製品を作ります。石油製品がその代表例です。化学工業では巨大なプラントを運用するためのプロセス制御などが必要です。それを担うのが化学工学の役割です。
生物工学
生物工学は、「バイオテクノロジー」とも呼ばれ、生物学の知見を人間の役に立つ技術として利用します。遺伝子工学などをサブジャンルとして持ち、ときに倫理面からの議論が起こる分野でもあります。
経営工学
経営工学は、企業の生産性を向上させるための工学分野です。人や装置や情報といった資源をどのように使うかについて研究します。数学や社会科学の知見を道具として利用します。金融商品の開発などに携わる金融工学も、経営工学のサブジャンルに含まれます。
計算機工学(コンピューター工学)
計算機工学は、コンピューターの利用全般を扱う工業分野です。コンピューターのハードウエアやソフトウエアを作るための様々なジャンルを含みます。工学の中では新しい部類に入りますが、その影響力は社会の隅々にまで行き渡っています。
エンジニアリングにおけるコンピューターエンジニアリングの位置
計算機工学、すなわちコンピューターエンジニアリングでは、コンピューターのハードウエアやソフトウエアを扱います。コンピューターエンジニアは、電子工学やソフトウエア工学といった分野に精通しています。
日本でエンジニアといったら、コンピューターエンジニア、中でもソフトウエアエンジニアを連想する人は多いようです。実際に、たくさんの人がソフトウエア開発を行うエンジニアとして働いています。
ハードウエアエンジニアになるためには、大学の工学部や理工学部などに進学し、電子工学などを修めた末に、ハードウエアを作っている会社に就職する、といった道が考えられます。やや敷居は高いと言えます。
ソフトウエアエンジニアになるためには、学歴はあまり関係ありません。文系学部出身のエンジニアもたくさんいます。独学やスクールなど、何らかの方法でプログラミングを学び、ポートフォリオを作成して、実力を認められた上でソフトウエア開発会社に就職、といった道が考えられます。また、フリーランスのエンジニアとして独立して仕事をすることも可能です。
無形のソフトウエアを作る技術
ソフトウエアエンジニアリングについてもう少し詳しく述べます。
ソフトウエアとは、形のないものです。その点が、機械工学など、形のあるものを扱う分野とは異なります。
ソフトウエアを作るためには、大がかりな装置は必要なく、コンピューターと周辺機器、それにネットワークがあれば事足ります。化学工業で巨大なプラントを建てたりするのとは対照的です。
巨大な装置を用意する必要がない代わりに、ソフトウエアを作る上では人的資源が必要です。すなわち、ソフトウエア工学とは、いかにして効率よく、有用なソフトウエアを作るか、作れる人間を育てるかに関わる工学分野と言えます。
最近では、AIによる自動プログラミングも盛んに研究されていて、すでに実用化もされています。しかし、現在のところ、全面的にAIがプログラミングするというよりは、AIが人間の補助をするという方向での利用が主です。
他の工学を支えるコンピューター
コンピューターは、学問や産業で使われるだけでなく、我々の生活の隅々まで浸透しています。当然、工学でもコンピューターは使われています。コンピューターを利用しない工学分野はひとつもないと言ってよいでしょう。
例えば、建設業界ではコンピューターを使って設計をするのは当たり前になっています。また、費用面などから実験やテストが難しい場合には、コンピューターシミュレーションを行うこともあります。工場などの生産現場ではコンピューター制御された機械が稼働しています。
つまり、あらゆる工学を、コンピューター工学が支えているとも言えるのです。コンピュータエンジニアなくして、エンジニアリングの発展はないと言ってもよいでしょう。
また逆に、あらゆるジャンルのエンジニアはコンピューターに通じている必要があります。場合によっては、プログラミングをすることもあるでしょう。作業の効率化もできるので、どんな分野のエンジニアであってもプログラミングは大いに役に立ちます。
エンジニアリングの中心へ
エンジニアリングには多数の分野があります。その中でも、コンピューターエンジニアリングは、中心をなすもののひとつになったと言ってよいでしょう。
自動車や家電など、身近な機械がコンピューター制御されています。また、スマートフォンの普及率も8割程度と、大半の人がネットに繋がっている状態です。キャッシュレス決済など、商業活動にもコンピューターの力は利用されています。
このように、生活の隅々にまでコンピューターが行き渡っており、時に半導体不足が深刻な問題として報道されたりしています。
こうした状況にありながら、ソフトウエアの生産はいまだに人手に頼っているのが現状です。それでも、フレームワークを使って開発スピードを上げるなどの工夫は重ねられています。また、AIによるコードの自動生成も、実用段階に入っています。けれどもやはり、最終的には人間が作るものなのです。
エンジニアリングの最先端であり中心的存在でありながら、なお、古代の巨大建造物のような、人手に頼ったやり方で作られているのが、ソフトウエアです。そして、ソフトウエア開発に携わる人々は、皆、専門的なスキルを持ったエンジニアです。ソフトウエアとは、専門家集団によって作られる現代の巨大建造物といったところでしょうか。
まとめ
エンジニアリングの歴史は非常に古く、その端緒は古代文明の時代にまでさかのぼることができます。我々が、現代文明の恩恵を受けることができるのは、エンジニアリングの、そしてそれに携わってきたたくさんのエンジニアたちのおかげです。この先どれだけ文明が高度に発達しようとも、エンジニアリングは、人が、人のために行うものであることは変わらないでしょう。