フリーランスエンジニアの中には、「法人化」をする人達がいます。自分1人の会社を設立して、代表取締役社長に就任するのです。
よく、売れている芸能人や漫画家なんかが、会社を設立したという話を聞きます。元々個人事業主としてやっていた人が、「法人成り」を果たすということです。
なんだか、「歩」が「と金」になるような大出世のイメージです。
こういう人達の目的は、何なのでしょうか?個人のままではいけないのでしょうか?
この記事では、フリーランスエンジニアにとって法人化とは何か、そのメリットとデメリット、法人化の手順について解説していきます。
個人と法人
まずはじめに、個人事業主と法人の違いについて見ていきます。
やっている事業内容が同じでも、それらには法律上の扱いなどにおいて様々な違いがあります。
個人事業主
個人事業主というのは、独立して事業をやっている人のうち、会社などの法人を設立していない人のことです。この場合の「人」は、法人に対する概念として「自然人」と呼ばれます。
ほとんどのフリーランスエンジニアは、この個人事業主からスタートすることになるでしょう。
個人事業主になるのはとても簡単です。ほぼ、名乗りさえすればよいようなところがあります。一応、1年目に開業届などいくつかの書類を税務署に提出することになっていますが、必要な手続きといえばそれくらいのもので、特に煩わしいことはありません。
経理や税金の計算も、会社に比べれば簡単です。
とにかく何かと「手軽」なのが個人事業主の特徴です。
法人の種類
法人とは、人や財産からなる団体・組織に法律上の人格を与えたものです。
法人には「○○法人」や「○○会社」など数多くの種類があります。利益追求型のものから公益性の高いものまで、いろいろです。
フリーランスエンジニアが法人化を目指すといった場合、ほぼ「会社化」を指します。
現在、法律上「会社」と名のつく法人には4種類あります。
株式会社、合同会社、合資会社、合名会社の4つです。
有限会社というのを聞いたことがあるかもしれませんが、法改正により新しく開設することができなくなりました。法改正以前に設立された有限会社は現存しますが、新規に立ち上げることはできません。
それでは、4種類の会社について、その概要を見てみましょう。
株式会社
会社といってまず思い浮かぶのは、株式会社でしょう。非常にメジャーな存在です。数も一番多くなっています。
通りがよく、信用も得やすいと言えます。法人化するのなら、株式会社を選択するのが最も無難でしょう。
現在は資本金1円から設立でき、以前に比べれば設立のハードルは下がりました。ただし、法務局への登記費用など、設立にかかるお金は他の会社よりも高くなります。
役員の数は「1名以上」となっています。つまり、たった1人でも株式会社を設立できます。
株式会社の社員は、「有限責任」です。会社が倒産したときは、株主からの出資金は返さなければなりませんが、それ以上の負債の返済義務はありません。ただし、1人でやっている会社の場合は、自分が株主権連帯保証人になるケースが多く、その場合は負債の返済義務が生じます。
合同会社
合同会社は、会社法の改正でできた新しい会社の形態です。
後述の節税効果を含め、ほとんど株式会社と遜色ないメリットが得られます。それでいて設立費用は株式会社より安くすみます。フリーランスが法人化するに際して、魅力的な選択肢と言っていいでしょう。
マイナスポイントは、まだ認知度が低いということです。そのため、社会的な信用度の点では株式会社に及ばないかもしれません。
合資会社
合資会社は、設立費用は安くすむのですが、役員が2名以上必要なため、1人では設立できません。そのため、1人でやっていきたくてフリーランスになった、という方にはあまり向いていません。
また、合資会社においては社員の一部が「無限責任」を負う、ということになっています。無限責任を負うと、会社が倒産したとき、個人的に負債を返済しなければならなくなります。
合名会社
合名会社は、合資会社と似ていますが、すべての社員が無限責任を負うところが違います。個人事業主の集まりのようなものです。
法人化のメリット
人はなぜ、個人事業主を脱し、法人化するのでしょうか?
ズバリ言ってしまえば、「節税」のためです。
他にもいろいろな理由があるのでしょうが、多くは、高額の税金に耐えかねて、税理士などに相談した上で会社設立に踏み切る、というパターンでしょう。
また、会社化によって信用度が上がるというメリットも見過ごせません。
節税効果
個人事業主と会社とで最も違いが大きいのは、税制面です。
個人事業主の場合は、売上(収入)から必要経費を引いたものが所得になります。そこから各種控除を引いた金額に対して所得税や住民税がかかります。
会社の場合は、会社の利益に対して法人税や住民税がかかります。しかし、売上から諸経費を引いた残りをすべて役員報酬という名の給料として社長(=自分)に支払うことができれば、会社の利益はゼロにすることができます。そうすると、法人税と住民税の支払は最低限で済みます。
一方、役員報酬をもらった社長である自分は、「給与所得控除」という、個人事業主にはない控除を受けられます。これが大きいのです。そのおかげで、個人事業主であったときよりも税金を安くすることができます。
これが、会社設立による節税法の一例です。
ただし、実際には会社の利益をゼロにして法人税を節税するのは至難の業です。なぜなら、役員報酬は各会計年度の最初のほうに決めなければならず、その額は原則として年度末まで変えることができないからです。
よって、思ったよりも売上があったときには利益が多めに残り、それに対して法人税が課せられることになります。
それでもやはり、給与所得控除による節税効果は大きく、ある程度以上の収入がある人は恩恵を受けられます。
信用度が上がる
一般に、会社を設立すると個人事業主でいるときよりも社会的信用度が上がります。
メディアに出ていて有名である、というような特別なことがない限り、個人事業主と会社社長では、会社社長のほうが信用されやすいものです。
まず、クライアントからの信頼が得られやすくなることが期待できます。会社を設立していたほうが、なんとなく高収入でスキルが高いという印象を持ってもらえる可能性があります。
実際に、高収入であるがゆえに会社を設立した人は多いので、単なるイメージではなく、本当に信用力が高いことが多いのです。
また、銀行などから資金調達したり、人を雇い入れたりするときにも、個人事業主よりも会社のほうが有利と言えます。
法人化のデメリット
法人化にはメリットが多いですが、当然デメリットもあります。
法人になると、社会的責任が重くなります。個人の気楽さが失われることも多々あります。特に会計については厳格な処理が求められます。
また、設立にある程度の費用がかかります。それを上回る節税効果が得られるか、というのも、法人化するか否かの判断材料になります。
会計についての専門知識が必要
法人化する際のネックになりやすいのが、会計処理です。
会社の金と自分の金は、厳密に分けなければなりません。うっかり会社の金に手をつけたりすれば、大変なことになりかねません。自分1人しかいないからといって、個人事業主のノリでやってはいけないのです。
日々の経理業務も大変です。個人事業主の場合は「単式簿記」という簡便な帳簿を選択することもできますが、会社ではより複雑な「複式簿記」で記録する義務があります。毎年の確定申告で音を上げているフリーランスの人にとっては、キツいかもしれません。
そうかといって、経理の人を雇ったりすれば、出費がかさみます。
もっとも、会計ソフトを使えばかなり手間を軽減できます。青色申告を選択している個人事業主ならば複式簿記で記帳しているので、ある程度慣れているはずです。
青色申告で何の支障もなく確定申告できているのであれば、会社の会計を学び、自分で経理を行うことはおそらく可能でしょう。
ただし、決算などの期末の作業は非常に難しいので、税理士などの専門家に依頼するほうが現実的です。
設立に費用がかかる
会社設立時には、費用がかかります。
資本金額によっても違いますが、株式会社で25万円程度、合同会社で6万円程度は最低限かかります。手続きを行政書士などに頼むと、さらに上乗せされます。
法務局への登記のためなどに必要なもので、これを避けることはできません。
これが高いか安いかは、そのあとの活躍次第ということになります。
しかし見方によってはこれくらいの金額で会社設立できるのはとても安いとも言えます。高収入のフリーランスエンジニアにとっては、費用が法人化の壁になることはそれほどないのではないでしょうか。
いつ、法人化するか
ほとんどのフリーランスエンジニアは、個人事業主としてスタートすると思います。
収入が少ないうちから法人化しても、設立の費用や日々の手間を考えると、メリットがデメリットを上回るのは難しいでしょう。
法人化するなら、どのタイミングがよいのでしょうか?
それはズバリ、「節税効果が十分出る収入・所得に達したとき」です。
金額的には、所得でいえば700〜800万円、収入でいえば1000万円です。
所得700~800万円
所得について念のため確認しますと、収入(売上)から必要経費を引いた金額のことです。
フリーランスエンジニアの所得がいくらくらいになれば、法人化による節税効果が出始めるのか、というのは、なかなか難しい問題です。会社の場合、役員報酬をいくらにするかで所得税と法人税の額が変わってくるからです。
具体例を通して考えてみましょう。ここでは簡便のために、個人事業主として得ていた所得金額を、法人化後すべて役員報酬にできたという想定で考えます。
はじめに、個人事業主として所得400万円ある場合を考えます。
個人事業主の場合、基礎控除48万円がそこから引かれます。さらに、青色申告している場合、最高で65万円の青色申告特別控除を差し引くことができます。税率10%で計算した後、そこから97,500円控除されます。
(4,000,000 – 480,000 – 650,000) × 0.1 – 97,500 = 189,500
所得税額は189,500円です。
また、(個人)民税は基礎控除43万円、税率10%で均等割り5,000円なので
(4,000,000 – 430,000 – 650,000) × 0,1 + 5,000 = 297,000
よって、個人事業主の 所得税 + 住民税 は 486,500円です。
なお、個人事業主には事業の種類によっては「事業税」というものが発生するのですが、フリーランスエンジニアはそれらの業種には該当せず、通常は事業税は発生しません。よってここでは事業税を考慮しないこととします。
これが、会社にした場合だと、給与所得控除が124万円受けられます。計算式は次の通りです。
4,000,000 × 0.2 + 440,000 = 1,240,000
これを用いて所得税額を計算します。
(4,000,000 – 480,000 – 1,240,000) × 0.1 – 97,500 = 130,500
また、住民税は
(4,000,000 – 430,000 – 1,240,000) × 0.1 + 5,000 = 238,000
これに、法人住民税の均等割という、赤字でも払わなければならない税金の7万円を足します。会社の利益は0であるという前提なので、法人税は0円です。
よって、438,500円が、所得税と法人住民税と個人住民税を合わせた金額です。
法人化したほうが、個人事業主でいるより48,000円得する計算になります。
設立費用のことを考えると、大きな金額とは言えません。
会社のほうは法人税ゼロという理想的な状態で計算していることを考慮すれば、所得400万円程度で法人化しても、あまり節税効果はないと言えます。
以下同様にして、所得が100万円増えるごとに税金がどうなるかを計算して表にまとめてみます。
所得 | 個人事業主の税額 | 法人化した場合の税額 | 差額 |
400万円 | 486,500円 | 438,500円 | 48,000円 |
500万円 | 743,500円 | 598,500円 | 145,000円 |
600万円 | 1,043,500円 | 816,500円 | 227,000円 |
700万円 | 1,338,500円 | 1,068,500円 | 270,000円 |
800万円 | 1,647,100円 | 1,338,500円 | 308,600円 |
株式会社の設立費用25万円を1年で取り戻せる700万円の辺りに分岐点がありそうです。
現実には、法人化したら給料(役員報酬)を抑えめにして利益を出し、法人税を払うことが想定されます。それを考慮に入れると、年間の所得が700万〜800万円のフリーランスエンジニアエンジニアは、法人化を考える時期に来ていると言えるでしょう。
設立費用の安い合同会社なら、500万〜600万円でもよさそうです。
ただし、ここでは配偶者控除や扶養控除など、他にもたくさんある控除は考慮していません。税の計算はケースバイケースであることに注意してください。
参考サイト
所得税の税率|国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
給与所得控除|国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm
売上1000万円
所得ではなく、収入(売上)が1000万円を超えるタイミングも、法人化を考え始めるのに適しています。
これには消費税が関係しています。
すべての事業者(個人も会社も)は、お客様(フリーランスエンジニアの場合はクライアント)に品物やサービスを売るときに、代金と共に消費税を受け取ります。
受け取った消費税は、申告して納税しなければなりません。ただし、売上高が1000万円以下の事業者には、その義務はありません(会社の場合、資本金1000万円未満という条件あり)。消費税として受け取ったお金は、もらってしまってもかまわないのです。
1000万円を超えているかどうかは2年前(個人事業主なら前々年、会社なら前々事業年度)の売上で判断されます。2年前、1000万円を超えていなければ、免税されます。
このため、設立第1期目と第2期目の新しい会社は、自動的に消費税が免除されます。参照すべき「前々事業年度」が存在しないからです。
ここから導き出される結論は、「個人事業主としてある年の売上が1000万円を超えたら、その翌々年に会社を設立するのがよい」ということになります。
こうすることで、1000万円を超える売上が続いたとしても、最長で4年間、免税されます。個人事業主を続けるよりも、2年間分の消費税を得するわけです。差は歴然です。
法人化の手順
法人化のメリット・デメリットを天秤にかけ、会社を設立しようと決断したならば、いよいよ準備を始めます。
決めるべきことや提出する書類が膨大にあります。かなりの手間です。
もし、それらを1人でやる自信がないのなら、専門家に相談してみましょう。料金はかかりますが、手間を削減できて合理的です。
行政書士や税理士に依頼すれば、書類作成までやってくれます。司法書士に頼めば、書類作成に加えて役所での手続きも代行してくれます。
ここでは、司法書士に書類作成や手続きを任せる場合の手順を解説します。
会社の種類や社名を決める
まずやらなければならないのは、どの種類の会社にするかを決めることです。
選択肢は、株式会社か合同会社、この2択でしょう。ステータスをとるなら株式会社、設立費用の安さをとるなら合同会社です。
それと同時に、社名を考えます。社名は、業績を左右しかねない大事なものです。よく考えましょう。
本社の住所や事業の目的、資本金の額といったものも決めておかねばなりません。
司法書士に相談
ここから先は、書類作成と手続きの嵐です。手間なくミスなく会社設立にこぎつけたいのならば、司法書士に相談しましょう。その場合、次のような流れになります。
考えておいた社名などを伝えると、書類作成を始めてくれます。
書類ができたら、確認して印鑑を押します。
登記費用を預ければ、役所で手続きをしてくれて、めでたく会社設立が完了します。
ここまでで司法書士に支払う料金は、株式会社の場合で20万〜30万円、合同会社の場合で5万〜10万円が相場です。
注意点1・登記住所の準備
法人化の一連の手続きの中で注意しなければならないのは、登記住所の準備についてです。
エンジニアの場合は自宅の住所を本社所在地とするケースも多いでしょうが、賃貸物件の中には法人契約できないものもあるので、確認しておきましょう。
注意点2・資本金の設定
資本金の額は1円以上であればいくらでもかまいません。会社の信用に関わるところなので、慎重に決めましょう。
ただ、ほとんどの場合、自分が株主となって出資することになるでしょうから、無理のない範囲にしましょう。
なお、上で述べた消費税の免税を受けたいのなら、法人化するときの最初の資本金は1000万円以下である必要があります。
まとめ
フリーランスエンジニアが法人化するのには、かなりのメリットがあります。ただし、それ相応の収入がないとあまり効果はありません。将来の法人化を目指して、ひたすら収入アップのために努力する、というのは健全なモチベーションの持ち方と言えるでしょう。結局、節税効果よりもその努力のほうが、人生にとってのプラスが大きいということになるかもしれませんね。